つくばリサイタルシリーズ公式ブログ

2024年6月9日(日) 第2回TRSサロンシリーズ『荒木奏美 染みわたるオーボエの調べ』 チケット→https://teket.jp/1479/33549

楽曲解説 Vol.4 シューマン ヴァイオリンソナタ第1番 イ短調

5月も半ばになり、つくばでは青々とした植物の緑色が新緑の季節を感じさせます。

5月といえば、シューマン(1810-1856)の歌曲「美しい5月に Im wunderschönen Monat Mai」を思い出します。この曲はドイツの詩人ハイネ(1797-1856)の詩を歌詞にしており、音楽も、詩の響きもとても美しい曲です。

https://m.youtube.com/watch?v=OFtKg9jM81k

 

この音楽からは、恋をする人間の期待と不安の両方の感情が合わさったような絶妙な心の状態が表されているように感じられますが、ドイツロマン派を代表する作曲家の一人であるシューマンにとって、音楽によって人の心を表現することは、彼の芸術の目的であったようです。たとえば、シューマンの著書『音楽と音楽家』には以下のような言葉が記されています。

「ただ鳴るだけで、魂の状態の言葉でも印でもないようなものは、小さな芸術じゃないか!」(シューマン『音楽と音楽家吉田秀和訳、岩波文庫、34頁)

 

さて、今回紹介するヴァイオリンソナタ第1番 イ短調は、1851年9月に、シューマンが41歳のときに作曲されました。シューマンはこの時期には音楽家として大きな社会的成功をおさめており、前年の1850年からはデュッセルドルフの地に音楽監督として招かれ、側から見れば音楽家のキャリアとしては絶好調のように思えます。しかし、1851年半ばからは当地の音楽団体との不和が目立つようになり、楽団から指揮者の交代を要求されたり、音楽協会の理事会と決裂したりといった、穏やかではない状況がしばらく続いてしまいます。シューマンは次第に精神を病んでいき、1854年にはライン川への身投げによる自殺未遂を起こし、失敗に終わったもののその後は精神療養所に入ったのち、1856年に亡くなっています。ヴァイオリンソナタ第1番は、シューマンにとって最後の華々しいキャリアの始まりであり、かつ終わりの始まりでもあるかのような時期に作曲されたものだといえるでしょう。

 

1楽章は、イ短調、8分の6拍子で、暗い響きでありながら情熱的でもあるようなヴァイオリンの旋律によって第一主題が最初に描かれます。8分の6という拍子がこの主題を単に憂うつな旋律ではなく、動きを感じさせる旋律にしているのかもしれません。次に第1主題と同じ空気感を持って第2主題が現れ、反復や発展をしながらクライマックスを築きます。

 

2楽章は、へ長調、4分の2拍子で、歌うような優しい旋律から始まります。細かく忙しない音型を途中で挟みながら、最後はピチカートで静かに終えます。

 

3楽章は、イ短調、4分の2拍子で、楽譜にはイタリア語ではなくシューマン母語であるドイツ語でLebenhaft(生き生きと)と記されており、細かい音型を伴ってスピーディに進んでいきます。最後の方には1楽章の第1主題を思い出させる旋律が現れ、憂うつな1楽章からの連続性を感じさせるのですが、すぐに3楽章で現れた旋律が1楽章の第1主題に答え、そのまま力強く曲を終えます。

https://youtu.be/K7PNC0VCctk

 

5月29日の第1回TRSサロンシリーズでは、この曲が塙美里さんのサックスによって演奏されます。ヴァイオリンで演奏されるのとサックスで演奏されるのがどのように違うのか、塙美里さんがこの曲をどのように表現して演奏するのかといった点に着目して当日は聞いてみると面白いと思います。

 

「美しい5月」に、演奏会に足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

文責 勝俣陸(人社)

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以下はおまけで「美しい5月に」の歌詞と私がつけた訳です。

Im wunderschönen Monat Mai,      

Als alle Knospen sprangen,        

Da ist in meinem Herzen

Die Liebe aufgegangen.  

(奇跡のように美しい五月に

あらゆるつぼみが開くとき              

私の心のなかでは

愛する気持ちが芽生えた)

Im wunderschönen Monat Mai,      

Als alle Vögel sangen,  

Da hab ich ihr gestanden     

Mein Sehnen und Verlangen.             

(奇跡のように美しい五月に

あらゆる鳥がさえずるとき              

私はあの人に          

憧れと想いを告白した)

 

参考文献

『作曲家別名曲解説ライブラリー23 シューマン音楽之友社、1995年

シューマン『音楽と音楽家吉田秀和訳、岩波文庫、1958年

藤本一子『作曲家◎人と作品 シューマン音楽之友社、2008年